今、私が興味を持っていること。コミニュケーション、日本語、認知科学、心理など。
どれもカテゴライズが大ざっぱすぎて、果たして今挙げたこれらの項目、もしくは名称っていうんですかね、それも的を得ているかわかんないのですが。私の中ではそういうことになってます。
で、そんなカテゴライズはどうでもよくて、この「的を得ていない」ということ。
これは、自分の考えていることが「そもそもものごとをよくわかっていない」、「体系立てられていない」、「言語化できていない」。
こういった理由から「的を得ていない」、「いまいちわかってない」ってことになってるんじゃなかろうか、と指摘された&改めておもった次第。
「ものごとをよくわかっていない」というのはほんとに致命的で、出直してこいよって話。
なにかを知る、理解するには、本を読んだり、ネットで調べたり、ひとさまに教わることも大切なのですが、なによりも自分の頭で考えて、自分のこたえを出すことが蓄積になりますし、身に付きます。
しみ込む、とでもいうのでしょうか。自分で考えた結果の知識、経験って、なににも代え難い。誰にもまけない。そこにひとさまから与えられた知識を加えて自分の中でちゃんぽんさせて、自分のものにするとなお最強。これがじぇんじぇん足りてないのですね、私は…。
で、語彙が少ないことにも一因あるようです。語彙、ことばをしっていれば、ひとつのものごとを表現するにも、何とおりかの道筋ができます。
たとえば「りんご」がどういうものであるか、子どもに説明するのと、大人に説明するのと、りんごのエキスパートに説明するのでは、ぜんぜん違います。
ただりんごの見た目や味だけを説明すればよいのか、発祥や育て方、科学的なことを説明すればよいのか、また、説明する対象のほかに、なにを説明すればよいのかという見極めも必要になります。
さらに、どのことばをどこまで噛み砕いて表現するか。どんな使い方をしたら伝わるのか。
ことばを知っていて、かつ、どのことばをセレクトするか。そのことばをどんな順番で話し、どこに着地点をすえるのか。
ひとことでわかるひともいれば、ことばのひとつひとつを丁寧に説明した上で、初めてわかるひともいます。
そんなのいちいちやってらんねー、というのは、この際おいといて。全員が等しく理解できるなんて無理だもんねー、というのもおいといて。
無理なら無理でいいのです。でも、どこまでできるか、どうやったらそこまでいけるのか、私は知りたい。
自分以外のだれかに、ものごとを理解してもらうのは、かんたんなことではないとおもいます。なぜなら、ある程度のターゲッティングをしていたとしても、ひとそれぞれ、そのものごとに対する理解や興味の深さが違うからです。「私が知っている=みんなも知っている」では決してありません。
ものごとを体系立てて、理論立てて、わかりやすいことばで、だれかに伝える。
なおかつ「だれかに伝える」ときに、対象が「わかる」ようにするためには、どのようなベースをつくっておけばよいか。自分のコンディション、相手のコンディション、つまり心理、そういうものもあるんじゃなかろうかと。
とかいうことを、しばらく考えておりまして。
これはむかしからぼんやり考えていたことでもあり、今の仕事をするようになってからより明確に「どうしたらいいのかな」というきもちが強くなりました。
まずできることは、自分で考えてみることですね。自分のことば、自分の考え、自分のこたえ。
外部にこたえを求める前に、まずは自分の頭や手を動かしてみること。きっといろんな方法があるでしょう。実践あるのみです。
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