精神医療は二の次ではない問題

Date
2015-03-12 (木)
Category
diary , mental health
Tags
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わたしは数年前から精神治療を受けています。月に2度ほどのペースで病院に行き、くすりをもらって、毎日を過ごす。調子のいい日もあれば、悪い日もあります。

いまや、うつ病、双極性障害、統合失調症など(ほかにもさまざまな精神疾患はたくさんありますが、一般的にわかりやすくするため割愛します)、ずいぶん身近なできごとになったというか、昔ほど「えぇぇ…?」という戸惑いの反応もほとんどなくなり、少々乱暴な言い方をすると、カジュアルちっくな病気になりました(プチうつとか代表的ですね)。

でも、患っている本人としてみれば修羅場です。本気でマジです。毎日、自分の体調や気分に振り回され、それがいつ襲ってくるかわからない不安。そして家族、友人、仕事をしている人なら、その周囲の人たちにとっても大変な負担や迷惑を強いることが多く見受けられます。

わたし個人の場合ですが、そういうことがチョーめんどうになり、仕事を辞め、人と会う機会も極端に少なくなりました。いつ体調が悪くなるかわからないので約束がしづらい。どうにか約束しても、約束の日にちやその時間になるまで、大丈夫かな?大丈夫かな?と「あか〜〜〜〜〜ん、どうしよ〜〜〜〜〜〜」と不安にさいなまれます。そのときの精神の疲れっぷりったらハンパじゃありません。キェー。

精神医療の現実

で、本題です。

あるとき、夜中に急に発作みたいな、得体の知れない強い不安感、ドキドキが止まらない(動悸)、息がしづらい等のちょっとパニック状態になってしまったことがありました。119番するのも迷惑だろうということで(余談ですが、よほどのことじゃない限り救急車をあんまり気軽に呼ばないほうがいいです。稼働率がハンパないし、自治体によっては救急車が存在しないところもあります)、東京都がサービス提供している「東京都医療機関案内サービス “ひまわり”」に電話をかけました。

「ひまわり」は24時間体制で稼働しており、ものすごく大変なのは承知しているのですが、パニック状態のこちらとしては電話が繋がりにくいのには参りました。夜中ということと「ひまわり」の中の人の限界もありますから、これはしかたのないことです。

とりあえずそのときはどうにか電話がつながり、診察してくれそうな病院をいくつか紹介してくれましたが、どの病院に問い合わせても、なしのつぶて状態。なんじゃこりゃ。

しかたがないので、近所で診てくれそうな病院、当時かかりつけだった病院に直接電話をかけるも、「うちは無理」「いっぱいです」「精神科医がいない」「これから救急患者を受け入れないければいけないから云々」などなど、いろんな理由でお断りされました。救急指定病院ですらそうです(救急指定病院だからこそのお断りだった可能性も高いです)。

えっ?とおもったのが、電話にも出ないパターン。そりゃ夜中ですから人出が足りないのは理解できます。嫌味ではなく、医療関係に従事されている方々のご苦労がうかがえます。

もっとひどいのは、電話に出ても上記のような理由(「精神科医がいない」「これから救急患者を受け入れないければいけないから、あなたを診察することはできない」)で断られるパターンです。
こっちだってわりと救急的な状態なんですけども…。

「ほかに行ってください、うちでは診られません」「そこをなんとか」「とにかく無理」「ほかにも何件か当たったのですが診てくれる病院がないんです、どうしようもないんです」「無理っていったら無理です(電話ガチャー)」(←実話)
うぅ〜ん、これってどうなんでしょう。

世の中は「しかたがない」でできているのか

交通事故や急病などの、生死に関わる急場。しかたがない。

でも、つらい。どうして診てくれないんだろう。苦しい、つらい、しんどい。

本当につらくてつらくて、病院で診てもらえないのがしんどかったし、悲しかったし、悔しかった。
こんなにつらいのに、なんでどこも診てくれないの?というおもいばかり。

しかたがないから、あちこちに電話をすることをやめ、不安を抑えるくすりや頓服を多めに飲み、「うぇ〜ん!!!」という悔しさとともにその場をしのぎました。

そのときからよりいっそう、「世の中は”しかたがない”でできている」というおもいが強くなりました。わりと絶望に近い感じです。精神障害者は二の次なのねぇ。

だって「しかたない」もんね。これが現実。

いまの精神医療に求めること

しかし、「しかたない、しかたない」と言ってばかりはいられません。

精神的なほとんどの病気は、血が出た、骨が折れたなどの「目に見える」ものではないので、周囲の人々になかなか理解してもらえません。本人にしか自分の状態がわからないし、担当医だって本当に病状を理解しているかどうかなんてわかりません。切り傷みたいに血が止まって、傷口がふさがって、かさぶたができて、もとどおりの状態に戻る、な〜んて保証は残念ながらどこにもないのです。

それに、いつ治るかわからないという不安。
突然、異変が起きたとき、どう対応してくれるのかという不安。

こういった患者の「不安」の解消をどう改善していくのか。
急を要する場面での、行政、民間を問わずの体制づくり、実際の診察の現場では、本当にその患者に見合ったくすりを処方しているのか、話をきちんと聞いているのかなど、課題はたくさんあるとおもいます。

「精神科医が不在だから診察できない」「ほかに救急患者がいるからお断り」なんてのは、精神障害者を見放しているよね…と取られてもしかたがないとしか言いようがありません。

欲を言わせてもらえば、

  • 夜中でも診察してくれる医療機関(精神科、精神科医)がもっと増えてほしい。
  • こちらも急を要しているので、その場しのぎでもいいから、できるだけ診察してほしい。

というのが切なる願いです。

いくら精神的な病気が世の中にようやく認知されるようになったとしても、精神障害者は二の次であり、こうして社会から切り離されているんだなという現実を感じざるをえません。

自分には関係のないこととはおもわないでほしい

いまはそれが現実ですし、万が一のことがあれば、自分でなんとかしなくてはなりません。
だけどもう少しだけ、なんとかならないのかなぁ?とおもいます。

急病人って、交通事故で怪我をしたり、心臓発作や脳卒中などの突発的な病気、それから小さいお子さんが急に高熱を出したり具合が悪くなるだけではありません。精神障害者も突然ギリギリいっぱいになるときがあるのです。
前述したとおり、精神障害者の救急的な問題は二の次、という発想は短絡的です。

自分には関係のないこととおもうのではなく、気がついたら風邪を引いていたように、いつ、誰でも精神的に患ってしまう可能性は決してゼロではありません。
ぜひ、そのことを知っておいてほしいとおもいます。

「しかたがないからあきらめよう」とはおもわず、少しでも希望を見いだしたい。
それがいまのわたしの願いです。

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