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	<title>sui &#187; book</title>
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		<title>いんたーねっつきもい</title>
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		<pubDate>Sat, 25 Apr 2009 08:35:11 +0000</pubDate>
		<dc:creator>maako</dc:creator>
				<category><![CDATA[diary]]></category>
		<category><![CDATA[book]]></category>
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		<description><![CDATA[多くの人たちが職場でも家でもパソコンを使い、いんたーねっつに接続して、なにか調べものをしたり、情報を発信したり、使い道は多岐にわたります。かくいう私も、仕事中はずっとブラウザ、メーラー、アプリケーションを立ち上げっぱなし [...]]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p class="img_L"><a href="http://suirakukai.com/blog/wp-content/uploads/2009/04/3434499034_4609ea2871_o.jpg" rel="lightbox"><img src="http://suirakukai.com/blog/wp-content/uploads/2009/04/3434499034_4609ea2871_o-214x300.jpg" alt="shut down computer, go outside, meet someone" title="shut down computer, go outside, meet someone" width="214" height="300" class="size-medium wp-image-278" /></a></p>
<p>多くの人たちが職場でも家でもパソコンを使い、いんたーねっつに接続して、なにか調べものをしたり、情報を発信したり、使い道は多岐にわたります。かくいう私も、仕事中はずっとブラウザ、メーラー、アプリケーションを立ち上げっぱなしにして、家に帰ってからもほとんど同じです。<br />
<span id="more-275"></span><br />
でも、それってどうなの？きもくない？<br />
私はきもいです。自分の仕事はいんたーねっつと切っても切り離せないし、いんたーねっつから得られる情報の恩恵を受けながら、そういう自分がきもいな〜とおもいます。</p>
<p>だって、いんたーねっつの世界、広いワーとおもってるでしょ。なんでも調べられるし、世界中のサイトが見られるし、いろんな人と話せるし（仮想現実的な世界なのに、対直接的な表現になるのもいんたーねっつの不思議なところ）。</p>
<p class="clear">でもね、狭いから。自分がいる世界、みている世界は狭い。<br />
それに気づかないでいる私は、すごくアレ（お察しください）だな、と。</p>
<p>で、本屋さんでたまたまこんな本をみつけました。</p>
<div class="amazlet-box" style="margin-bottom:0px;">
<div class="amazlet-image" style="float:left;"><a href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4334035027/suiyouotanosh-22/ref=nosim/" name="amazletlink" target="_blank"><img src="http://ecx.images-amazon.com/images/I/41xUsgYXnTL._SL160_.jpg" alt="ウェブはバカと暇人のもの (光文社新書)" style="border: none;" /></a></div>
<div class="amazlet-info" style="float:left;margin-left:15px;line-height:120%">
<div class="amazlet-name" style="margin-bottom:10px;line-height:120%"><a href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4334035027/suiyouotanosh-22/ref=nosim/" name="amazletlink" target="_blank">ウェブはバカと暇人のもの (光文社新書)</a>
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</div>
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</div>
<div class="amazlet-footer" style="clear: left"></div>
</div>
<p>この著者もばりばりいんたーねっつでの仕事に携わっている人なんですけど、いいたいことはわかります。外からみても気持ち悪いし、中からみても気持ち悪かった、という切り口ですかね。</p>
<p>なにが「気持ち悪い」とおもうのかそれは人それぞれ。普段ネット上でみかけるなれ合いとかクネクネ具合とかね。すぐ罵倒しちゃうひととか、ひたすら自分のネガティブなおもいを爆発させてるひととか、載せちゃまずいんじゃない？ということを平気でさらしてるひととか。リテラシーとかそういう問題じゃねぇよ、みたいなレベル。</p>
<p>それを自分は俯瞰的にみてるもんね〜とおもってたら大間違いだとおもいます。みんなその中のひとりです。</p>
<p>タイトルからもわかるように、こむずかしい顔をして「ウェブとは〜」とかなんとか、そういう内容ではありません。仕事を離れて考えてみると、いんたーねっつがなくても生きていけるから（うちの実家にはいんたーねっつがないが、あの人たちはまったく困っていない）、暇つぶしなんでしょう、実際。ほかにやることがれば見てる暇なんてないもんね。<br />
ま、読み物としてちょっとおもろいかもなとおもい、ご紹介してみました。</p>
<p>そういうわけで、今日のところはパソコンを閉じようとおもいます。<br />
現在午後5時半…。なにも食べてないし、生産的なことは、なにひとつしていません。オワットル。</p>
]]></content:encoded>
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		<title>話がつうじない人</title>
		<link>http://suirakukai.com/diary/247/not-possible-to-understand/</link>
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		<pubDate>Sat, 18 Apr 2009 02:57:28 +0000</pubDate>
		<dc:creator>maako</dc:creator>
				<category><![CDATA[diary]]></category>
		<category><![CDATA[book]]></category>
		<category><![CDATA[communication]]></category>
		<category><![CDATA[consideration]]></category>
		<category><![CDATA[life]]></category>

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		<description><![CDATA[今さらですが「バカの壁」を読みました。かなり前に大ベストセラーになったあの本ですね。 ここでは本の感想ではなく、それにからめた、最近の考えごととして記しておきます。 理解を超えた人 世の中には自分の理解を超えた人々が存在 [...]]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>今さらですが「バカの壁」を読みました。かなり前に大ベストセラーになったあの本ですね。<br />
ここでは本の感想ではなく、それにからめた、最近の考えごととして記しておきます。<br />
<span id="more-247"></span></p>
<h2>理解を超えた人</h2>
<p>世の中には自分の理解を超えた人々が存在します。そらないわー、っていう人々。<br />
同じ言語を使っているのに、ことばがつうじないとでも申しましょうか。同じフィールドに立ったときに、今まで過ごしてきた環境の違い、考えてきたもの、こと、心構えの違いによって、意思疎通がまったくはかれない状況です。いってみれば理解不能。</p>
<p>おそらく、共有できるものが少ないのでしょう。たまたま立ったフィールドが同じなだけで、根本的なものがまったく違う。<br />
子どものころからを含め、学校を卒業して、社会に出て経験してきたこと。自分で学んだこと、人さまから教わったこと。家族、友人、恋人、先輩後輩、その役割においてそれぞれ自分のポジションというものがありますが、まわりの人たちとどのように接してきたかということが非常に重要なファクターだとおもいます。</p>
<p>これは外的要因ではなく、あくまでも「その人がどうしてきたか」という方のが断然重要です。人とのかかわりによって何を感じ取るか、何が変わるかは、相手、自分自身、問題点等にどれだけ真剣に向き合ったかどうかで決定的に違ってくるとおもうのですよ。少なくとも、私の経験上、これは断言できます。</p>
<h2>「そらないわー状態」になる状況</h2>
<p>そこにどれだけの価値を見出し、どこに重きをおいてきたかはほんとうに人それぞれで、すべてを自分の主観のみで推しはかることはできませんし、だからこそ世の中ってものが成り立ち、互いに関わり合おうと人間はあれこれ思考錯誤します。<br />
しかし、どれほど努力をしようとも、互いがもともと持ち合わせているリソースが違いすぎて、ぜんぜんお話にならない、ていうか「なにいってんの？」状態で、そらないわー、という状況に陥るときがあります。</p>
<p>この「リソース」は、「価値観」とも言い換えられるかもしれません。価値観というのは、前述したように、その人が今まで生きてきた上で構築された「その人独自の定規」とでもいいましょうか。なので違って当然なのですけど、「そらないわー」状態になった場合、その定規はパチもんの可能性があります。それは価値観ではなく、その人だけにしか通用しない極めてレベルの低いルールにしかすぎません。</p>
<p>「そらないわー」となったとき、「価値観の違い」というひとことで済ませられるなら、こんなにらくなことはありません。あきらかに「そらないわー」というできごとを、価値観の違いということばや甘えでごまかすな、と。そうじゃないでしょ、と。</p>
<p>どんな経験をし、なにを身に付けてきたはその人自身にしかわからないことであり、第三者がとやかくいうことではないのですが、あまりにも「そらないわー」だった場合、周囲の人からのつっこみもあっただろうに、なぜそこで自分を省みなかったの？と単純におもうのです。</p>
<h2>ことばがつうじない</h2>
<p>あくまでも私個人の考えとして、かなりミクロレベルの話になりますが、なにかよくないできごとがおきたとき、自分の至らなさを棚に上げて周囲のせいにしたり、わけのわからん言い訳をし、まったく学ぼうとせず、かつその自覚のない人間は、私にとっての「そらないわ～＝理解を超えた人」です。</p>
<p>たとえば、誰かから「こうしたほうがいいんじゃないかな？」と指摘、もしくはアドバイスをされたとき、「聞く姿勢、心構え」をもっていない（＝敬意を払っていないと同じこと）ために、それを忠告として受け入れることができないばかりか、そんなふうに言われるのが心外だと感じる。挙句、人のせいにしてしまう。</p>
<p>なんでなんだろなーとおもいます。<br />
どうして素直にきけないのか、どうして突っ込まれた理由がわからないのか、なぜその理由を考えようとしないのか。そうした自分の甘さを認識できていないのに、それでなぜ人に認められるとおもえるのか。</p>
<p>「それじゃだめじゃん、もういっかい出直しておいでよ」といっても、「なんで？」って聞き返されるのがオチです。<br />
なぜなら自覚がないからです。想像力もない。相手を慮れない。<br />
今までどうやって人と関わってきたのか、甚だ疑問です。それでよく通用したね、と。<br />
→相手はぐったり、コミュニケーション終了のお知らせ、といった流れになります。</p>
<p>これが「ことばがつうじない」現象（一部）だとおもいます。</p>
<h2>超えられない壁</h2>
<p>ここで挙げた事例は、ごくごくちいさなことですが、オンとオフに関係なく、人とコミュニケーションする上で超えられない壁というものがあるようです。</p>
<p>でもね、これは別に超えなくてもいい壁です。なにをいっても無駄、どうせつうじないし仕方ないよねーでおわり。周りの人間が疲れるばかりで、どうしようもありませんのでね。ほっとくだけで。</p>
<p>私の周囲の人たちにはこんな人はいませんが、もし、自分がそうだったらやばいなーとおもいます。<br />
素直にならんとね。いつでもニュートラルでいないと。<br />
自分が正しいと思い込みすぎてる人が、世の中にはたくさんいるのですよ…。</p>
<p>「バカの壁」とは直接的な関係はありませんが、どこか似ているところがあるなとおもい、したためてみました。ほんとにねー、こまっちんぐよね。</p>
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		<title>「この写真がすごい2008」</title>
		<link>http://suirakukai.com/diary/110/100-photographs-2008/</link>
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		<pubDate>Sun, 10 Aug 2008 07:04:19 +0000</pubDate>
		<dc:creator>maako</dc:creator>
				<category><![CDATA[diary]]></category>
		<category><![CDATA[book]]></category>
		<category><![CDATA[photograph]]></category>

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		<description><![CDATA[「わたしが知らないスゴ本は、きっとあなたが読んでいる」さんの「この写真がすごい2008」というエントリを読んで、この本を買ってみました。 著者である大竹昭子さんがこの一年で目にした写真の中から、「こらすげぇ」とおもった写 [...]]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>「わたしが知らないスゴ本は、きっとあなたが読んでいる」さんの<a href="http://dain.cocolog-nifty.com/myblog/2008/08/2008_3235.html" title="「わたしが知らないスゴ本は、きっとあなたが読んでいる／この写真がすごい2008」">「この写真がすごい2008」</a>というエントリを読んで、この本を買ってみました。</p>
<p><span id="more-110"></span></p>
<p>著者である大竹昭子さんがこの一年で目にした写真の中から、「こらすげぇ」とおもった写真を100枚ピックアップして、写真をみたときの直感的なコメントをさらっと記してある本です。</p>
<p>どの写真がどうすごいかは、写真をみた人の主観（好みともいうか）なのでそれはおいといて。</p>
<p>あとがきにあったこんな一文に、ちょっと心惹かれましたので引用します。</p>
<blockquote cite="urn:978-4255004396"><p>自分も撮る人になるがゆえに、撮った人の気持ちを想像し、撮られた対象を理解したいと思う。おなじテーブルにつけることが、写真とわたしたちを深く結び付けているのである。</p>
<p>写真は知らない現実について教え、感覚を拓き、人や物の関係を変え、記憶をよみがえらせる。意識を揺さぶりながら、同時に潜在意識に働きかけて眠っている能力を掘り起こす。どうしてそれが可能なのか。写真が現実の一部をはぎとってくるものだからである。頭の中で考えたものがそのまま写るカメラは未だ存在しない。現実に対して開かれた窓、それがカメラのファインダーなのであり、その窓を共有することで見えたものを語り、論じ合い、感覚をシェアできる。毎日会っている同僚のなかに新たな発見をするようなことが、写真とのあいだに起こりうるのだ。</p>
</blockquote>
<p>なんもね、むずかしいことじゃなくってだね、写真をみて、「へぇ」とおもったり「うわー」とおもったりすることだけでもぜんぜんいいとおもうの。んで、どうしてこの写真がいいとおもったのかを考えたら、もっといいとおもう。</p>
<p>前にもちょっと書いたことがあったけど、写真にはいろんな思いがあるとおもうですよ。</p>
<p>撮った人の思い、撮られたもの（人）に対する思い、その背景となった思い。これはむずかしいことじゃないとおもう。はしゃぐ子どもがかわいいとおもったり、散歩中の犬がうれしそうだなとおもったり、目の前にあるたべものがおいしそうだなぁとおもったり、空がきれいだなぁとおもったり。</p>
<p>そのとき一緒にいた人や、天気がよかったとか悪かったとか、暑かった寒かった、実はむかつきながら歩いてた、気分転換にぶらぶらしてたんだっけとか、なんかあるわけでね。</p>
<p>そういうことをカメラを持ってることだし、写真として残しておこうかなっておもうきもち。なーんもむずかしくない。それがたまたま誰かの心に響いて、「おっ」ておもってもらえたり、逆の立場になると「この写真ステキ」とおもったりする。</p>
<p>で、よく考えてみるとそれらはもう二度と戻ってこない瞬間であって、それってなんかすごくね？ともおもうのです、私などは。だって残ってんじゃん。そこにあるじゃん。写真にそのすべてを描ききるのはむずかしいけれど、断片的にでもそういうのを感じられる。ほかの人の写真をみて、自分がたとえその場にいなくても、共感というか「あーこうだったのかな」っておもえたりできるんだよ。想像できる。これってすごくないかい？</p>
<p>とかとか、この本を読みながらそんなふうにおもいましたの日曜の昼下がり。北の大地ではオモロなイベントが繰り広げられていますが、私はひきこもりです。購入したり、いただいたりした本が何冊かあるので、それらを読みつつ涼しくなるのを待って夕飯の買い物にでも出かけようかなとおもっとります。今日の写真ネタ、どないしよ（笑）</p>
<div class="amazlet-box" style="margin-bottom:0px;">
<div class="amazlet-image" style="float:left;"><a href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4255004390/suiyouotanosh-22/ref=nosim/" name="amazletlink" target="_blank"><img src="http://ecx.images-amazon.com/images/I/51DWO9NqGWL._SL160_.jpg" alt="この写真がすごい2008" style="border: none;" /></a></div>
<div class="amazlet-info" style="float:left;margin-left:15px;line-height:120%">
<div class="amazlet-name" style="margin-bottom:10px;line-height:120%"><a href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4255004390/suiyouotanosh-22/ref=nosim/" name="amazletlink" target="_blank">この写真がすごい2008</a>
<div class="amazlet-powered-date" style="font-size:7pt;margin-top:5px;font-family:verdana;line-height:120%">posted with <a href="http://www.amazlet.com/browse/ASIN/4255004390/suiyouotanosh-22/ref=nosim/" title="この写真がすごい2008" target="_blank">amazlet</a> at 08.08.10</div>
</div>
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<div class="amazlet-link" style="margin-top: 5px"><a href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4255004390/suiyouotanosh-22/ref=nosim/" name="amazletlink" target="_blank">Amazon.co.jp で詳細を見る</a></div>
</div>
<div class="amazlet-footer" style="clear: left"></div>
</div>
]]></content:encoded>
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		</item>
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		<title>優しくって少し　ばか</title>
		<link>http://suirakukai.com/diary/17/be-sweet-to-a-fault/</link>
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		<pubDate>Wed, 28 May 2008 17:25:29 +0000</pubDate>
		<dc:creator>maako</dc:creator>
				<category><![CDATA[diary]]></category>
		<category><![CDATA[book]]></category>

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		<description><![CDATA[「優しくって少し　ばか」という原田宗典さんの短編がありましてね。 この本を10年以上前に近所の古本屋さんで買って、引越しなんかのどさくさにまぎれて一度手放し、それからまた読みたくてもう一度買いなおし、今まで何度も読み返し [...]]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>「優しくって少し　ばか」という原田宗典さんの短編がありましてね。<br />
この本を10年以上前に近所の古本屋さんで買って、引越しなんかのどさくさにまぎれて一度手放し、それからまた読みたくてもう一度買いなおし、今まで何度も読み返したほどの好きな本であります。</p>
<div class="amazlet-box" style="margin-bottom:0px;">
<div class="amazlet-image" style="float:left;"><a href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4087495361/suiyouotanosh-22/ref=nosim/" name="amazletlink" target="_blank"><img src="http://ecx.images-amazon.com/images/I/2157D88784L._SL160_.jpg" alt="優しくって少しばか (集英社文庫)" style="border: none;" /></a></div>
<div class="amazlet-info" style="float:left;margin-left:15px;line-height:120%">
<div class="amazlet-name" style="margin-bottom:10px;line-height:120%"><a href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4087495361/suiyouotanosh-22/ref=nosim/" name="amazletlink" target="_blank">優しくって少しばか (集英社文庫)</a>
<div class="amazlet-powered-date" style="font-size:7pt;margin-top:5px;font-family:verdana;line-height:120%">posted with <a href="http://www.amazlet.com/browse/ASIN/4087495361/suiyouotanosh-22/ref=nosim/" title="優しくって少しばか (集英社文庫)" target="_blank">amazlet</a></div>
</div>
<div class="amazlet-detail">原田 宗典 <br />集英社</div>
<div class="amazlet-link" style="margin-top: 5px"><a href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4087495361/suiyouotanosh-22/ref=nosim/" name="amazletlink" target="_blank">Amazon.co.jp で詳細を見る</a></div>
</div>
<div class="amazlet-footer" style="clear: left"></div>
</div>
<p>カゼを引いて寝込んだ恋人同士が、あーでもないこーでもないと会話を繰り広げる、どこにでもあるような話なんですが、読み終えたあとにほわ～っとするような感触が残って、いいのですよ。<br />
が、惚れたはれたのべたべたな恋愛話じゃございません。ほんとに（いい意味で）どーでもいいような物語なんです。</p>
<p><span id="more-17"></span></p>
<p>その中で印象に残っているのは「例のパン屋」のエピソード。</p>
<p>「例のパン屋」とは、主人公の彼女の家の近所にあるパン屋さんのことで、そのお店の店主ってのが、物語のタイトルにもある「優しくって少しばか」な人なのです。</p>
<p>「ばか」といっても、ほんとうに「ばか」なわけじゃない。<br />
「例のパン屋」の店主は、毎日おいしいパンを時間通りにきっちり作って、最後のひとつまで残らず売り切る。<br />
パンが売り切れたら、店先を掃除して、ビールのコンテナを持ち出して座り、競馬新聞を読んでいる。毎日その繰り返し。なんの変哲もない毎日で、なにか事件が起きるわけでもない。<br />
だけど、「毎日時間通りにパンを焼いて、売り切る」というヒジョーによどみのない流れがいいなぁとか思うのよ。余計なものが何もない。</p>
<p>主人公はコピーライターという、あるものにさらに付加価値をつけていく職業に就いていて、なんだろう、コピーライターがアレとかいうわけじゃなくってね、それだけでいいのにわざわざ過剰に余計なものをくっつけたがる過剰包装型の社会のさまざまなよしなしごとを、ときどきうっとうしく感じていて、主人公と同じように私もそれにどっぷりつかってるわけで、これまたうっとうしいなーとか思うんですよね。<br />
ほしいものとか、やりたいこととかたくさんあるにも関わらず、そんなこと思うんだから勝手なものですなー。</p>
<p>ものや情報があふれかえり、あっというまに忘れ去られる昨今、それにぶんぶん振り回されまくって、自分の手の中に残るものは果たしていったいなんなんだろーとか思います、ときどき。<br />
わかったようなわかんないようなちょっとばかしの知識とか、中途半端で断片的に散らばってる思考とか、しゃらくせぇ雑誌に載っているような値段ばかりが高いオサレなお店へ行きもしないのにシッテルシッテル星人とか、お前の周りにしか通じねーよわかるように話せよっていうかムリしないで日本語でおｋ的な意味不明系横文字をズラズラ並べてみたりとか、なんかそんなのほんとはどうでもよくね？</p>
<p>ほんとね、最低限のものでいいと思うのですよ。身の回りのものも、情報も、なにもかも。<br />
洋服でいうならだらしなくない程度のものでいいし、食べ物でいうならおいしいごはんが食べられればそれがいいじゃん、みたいな。</p>
<p>身の程を知らず、へたにあたまを使ったりするから、こんがらがったり、いらんことまで考える。<br />
この物語での「ばか」というのは、小ざかしくなくて、自分がいいなと思うものや必要なものを知っていて、余計なことに振り回されない、そういうことなのかなぁと。妙なおりこうさんではなく、少し「ばか」なくらいのほうが、なんぼもいい。<br />
「例のパン屋」のおじさんは、そんな人なのかなと思いました。</p>
<p>そうは思いつつも、浮世離れしていて、そんなんじゃ生きてけねーよなんて思うし、現実味に欠けるかもしれないけれど、でもやっぱりねぇ、自分の生活を振り返ってみると、いらないものが多すぎるなぁと。あれもこれもと欲張って手に入れたはいいけれど、よくよく考えたら別にコレいらなくね？なくても全然困らないじゃんって。</p>
<p>なにがいいとか、なにがしあわせとか、そんなん人それぞれなので一概にはいえませんけれど、それはおそらく、すんごく単純なものだと思うのよねー。</p>
<p>とかとか、この本を読んでいて、なんとなぁく考えちゃったりして。<br />
うまくいえないけれど、ま、むずかしく考えすぎたり、欲張って自分のキャパを越えて背負い込みすぎると、ろくなことにはならんだろうな、と。それで首がまわらなくなっちゃったら、元も子もないではないですか。だったらおばかっちょで結構。<br />
と言い聞かせて、いろんなものに対しての整理整頓に励んでみようかと思っております。って、なにから始めればいいんだろうか（笑）</p>
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